20代後半のJuneとAthenaは、大学時代の同級生で、二人とも小説家。Athenaはデビュー作から成功し、華やかな生活を送っているが、主人公のJuneはデビュー作もあまり売れないまま。二人は特別に仲が良いわけではないけれど、定期的に会う関係。
Athenaの作品がNetflixで映像化されることが決まったお祝いをしている日、AthenaはJuneの目の前で不慮の事故により亡くなってしまう。Juneは、偶然、Athenaの次作の草稿を持っており、意図せず誰にも知られない状態で持ち去ることになってしまった。草稿は、第一次世界大戦時にイギリス政府が中国人を戦争に送り込んだChinese Labour Corpsを題材にした小説だった。草稿の素晴らしさを理解したJuneは、Chinese Labour Corpsについて必死に勉強し、Athenaの草稿をベースに、小説”The Last Front”を書き上げる。”The Last Front”は即座にベストセラーになり、Juneはベストセラー作家の仲間入りを果たすのだが、Athenaは中国系であるのに対し、Juneは白人だった。
この本を読むきっかけは、日本に住んでいるとなかなか理解し難い、racismについて肌感覚を知りたいと思ったからだった。黒人の文化に憧れてアフロヘアにする非黒人を、「文化の盗用」と呼んで非難する感覚が、日本でしか生活していない私には、なかなか理解しにくい。数年前、日本文化が好きで、タトゥーで漢字を彫った白人女性に対し、「文化の盗用だ」と声を上げたのは、ほとんど日本人ではなかったと記憶している。
著者は本書のなかで、文化の盗用のさらに深掘りしている。それでは中国人ならば、中国の歴史小説を書いていいのか。自分が体験していない歴史小説を書いて、収入を得て許されるのか。
白人のJuneは、中国人の歴史を書いて、ネット上で大バッシングを受けることになる。講演に呼ばれるが、主催者に中国系だと思われていて、中国語すら話せないことに気まずくなる。学生に講師をしても、ネット情報に敏い学生たちに白い目で見られる。しかし、揶揄の多くは、「文化の盗用」という「してはいけないこと」をして成功したことで、Juneが虐めの対象にしていい有名人認定されたことによるものだったりする。
きっと「文化の盗用」を声高に言う人も、日本以外のアジア系出身者が、外国で寿司を握って生計を立てていても、そういうものだと納得できる感覚はあるのだと思う。ただ、「有名人」が、自分のルーツではない文化を使って「さらなる金儲け」をすることに対して、酷く抵抗があるのかもしれない、と思った。間違っているのかもしれない。
「文化の盗用」「racism」が題材の本は、もうちょっと読んでみたいと思った。